「内部統制報告制度に関する11の誤解」批判

今回のネタは、お笑い、悪ふざけ一切なし。当局にガチンコ勝負を挑むこととする。
以下、金融庁が「誤解」として挙げた11の項目について、一つ一つ、批判的に検証する。

1.米国SOX法と同じか
[誤解] 米国の企業改革法(SOX法)のような制度が導入される。
[実際] 米国におけるSOX法に対する批判を踏まえて、制度を設計。
(具体例)
トップダウン型のリスク・アプローチ
重大な虚偽記載につながるリスクに着眼して、必要な範囲で内部統制を整備・評価(評価する範囲の絞込みに工夫)。
○内部統制の不備の区分の簡素化
内部統制の不備を「重要な欠陥」と「不備」の2つに簡素化(米国では3つに区分)。
※ この他にも、負担軽減のために、次頁以下の配慮

トップダウン型」と言いながら、網羅的なリスク分析を経なければ、何が「重大な虚偽記載につながるリスク」かを識別することは困難。監査人の理解を得るためには、膨大な文書化作業が求められる。
内部統制の不備を「簡素化」したところで、何が「重要な欠陥」に該当するかの判断基準、判定方法が示されていないため、何の解決にもなっていない。3つを2つにすればOKというような問題ではない。
(2008.4.7追記)金融庁実施基準では、いわゆる持分法適用会社が内部統制の評価対象となる事業拠点に含まれる旨の記述がある。これは、「本家」である米国SOX法の運用では実施されていない、日本独自のルールである。すなわち、米国法よりも簡素化したといいながら、規制強化が図られている。
株主としての権利行使以上に支配権の及ばない持分法適用会社の内部統制を評価することは、実務的には至難の業である。実施基準では「全社的な内部統制を中心として、当該関連会社への質問書の送付、聞き取りあるいは当該関連会社で作成している報告等の閲覧等適切な方法により評価を行う必要がある。」としている。しかし持分法適用会社には、これらの評価に協力する法的な義務はない。当該持分法適用会社から質問書や聞き取りに対する回答、報告等の閲覧のための情報開示を拒否された場合、強制力を持ってこれらの評価を実施することはできない。できないことを無理強いしようとする実施基準は、無理難題と言わざるを得ない。
上場企業の負担が重すぎるとして批判を浴びた米国でも実施されていないことを、日本の上場企業は強いられることになっているのである。この点はあまり論じられていないきらいがあるので、あえて言及する次第である。
 

2.特別な文書化が必要か
[誤解] フローチャートの作成など、内部統制のため新たに特別な文書化等を行わなければならない。
[実際] 企業の作成・使用している記録等を適宜、利用。

(具体例)
○ 内部統制の記録
フローチャート、業務記述書などの作成は必ずしも求めておらず、企業の作成・使用している記録等を利用し、必要に応じて補足を行うことで可。
○ 記録の保存
すべてを文書として保存するのではなく、適切な範囲・方法(磁気媒体など)により保存すれば可。

フローチャート、業務記述書など」は、概ね、既存の文書で何とかなる。問題は、リスク・コントロールマトリックス。こんな資料は普通の企業ではつくっていない。「必要に応じて補足を行うことで可。」といっても、ほとんどゼロからつくることにならざるをえない。これがなければ、客観的な「リスク・アプローチ」ができない以上、文書化作業を回避することは事実上不可能。
「適切な範囲・方法(磁気媒体など)により保存すれば可」? そんなことは言わずもがな。しかし、監査人との協議をペーパーレスでできるのか?コピー代だけでもバカにならない。また、膨大な文書データを体系的に磁気媒体に保存し、維持管理していく作業負荷もバカにならない。
 

3.すべての業務に内部統制が必要か
[誤解] どんなに小さな業務(プロセス)でも内部統制を整備・評価しなければならない。
[実際] 全社的な内部統制が最重要であり、全社的な内部統制の評価結果を踏まえて、重要な虚偽記載につながるリスクを勘案し、業務(プロセス)を評価する範囲の絞り込みが可能。

(具体例)
○ 評価対象となる業務の絞り込み
売上等の3分の2に達するまでの事業拠点における3つの勘定科目(売上、売掛金棚卸資産)に係る業務に絞り込み。
○ 重要性の僅少な業務の除外
さらに、評価対象となった業務のうちに重要性の僅少(ケース・バイ・ケースではあるが、例えば5%)なものがあれば除外可。

「業務(プロセス)を評価する範囲の絞り込みが可能」である前提として「全社的な内部統制が有効であること」が条件となっている。全社的な内部統制の有効性を評価する前に、「業務(プロセス)を評価する範囲の絞り込み」を行うことは、論理的に不可能である。
「重要」「僅少」の基準が明確でないために、監査人等に対して、評価対象外とする理由の説明を求められる。わざわざ外す理由の説明をするぐらいであれば、評価対象に入れたほうがラクである。そのほうが監査人も喜ぶ(少なくとも、それを拒む理由は、監査人にはない)。かくして「過度に保守的な対応」が行われることとなる。
「売上等の3分の2」とはカバー率の上限なのか、下限なのか。一般的には下限と理解されている。であれば、事業構成の変動等により下限値を下回ることがないよう、3分の2を十分上回るカバー率が設定される。カバー率が高ければ高いほど、監査人も喜ぶ(少なくとも、それを拒む理由は、監査人にはない)。かくして、安心できるカバー率は70%、いや80%とエスカレートしていくこととなる。
 

4.中小企業でも大がかりな対応が必要か
[誤解] 米国では、中小企業に配慮する動きがあるが、日本では、中小企業も大企業と同様の内部統制の仕組みが必要である。
[実際] 上場会社のみが対象、かつ、企業の規模・特性などの中小企業の実態を踏まえた簡素な仕組みを正面から容認。

(具体例)
○ 職務分掌に代わる代替的な統制
マンパワーが不足している場合などには、経営者や他の部署の者が適切にモニタリングを実施することで可。
○ 企業外部の専門家の利用
モニタリング作業の一部を社外の専門家を利用して実施することが可能。

「米国では、中小企業に配慮する動きがあるが、日本では、」そのような動きがないことは、誤解ではなく、厳然たる事実。
「上場会社のみが対象」というが、上場会社の連結子会社、持分法適用会社は評価対象に含まれる。これらの会社の多くは、中小企業である。もちろん、上場企業の中にも多数の中小企業が存在する。
「経営者や他の部署の者が適切にモニタリングを実施することで可。」とあるが、経営者自身に評価できるだけのスキルがあるのか。他の部署の人間もみな忙しい。金融庁の人間は、民間企業のサラリーマンは皆ヒマをもてあましていて、国の都合でいつでもかり出せるとでも思っているのか?
監査人からは、モニタリング実施者としての独立性と専門性も求められる。だれでもかまわないというわけにはいかない。
「モニタリング作業の一部を社外の専門家を利用して実施することが可能。」..社外の専門家を雇うだけの経済的余裕があれば苦労はない。バカ高い業務委託費用、コンサル料等を誰が払ってくれるのか?
 

5.問題があると罰則等の対象になるのか
[誤解] 内部統制報告書の評価結果に問題がある場合、上場廃止になったり、罰則の対象となる。
[実際] 内部統制に問題(重要な欠陥)があっても、それだけでは、上場廃止金融商品取引法違反(罰則)の対象にはならない。
(具体例)
○ 「重要な欠陥」は上場廃止事由とはならない(東証・上場制度総合整備プログラム2007)。
○ 「重要な欠陥」があっても、それだけでは、金融商品取引法違反とはならず、罰則の対象にもならない(罰則の対象となるのは、内部統制報告書の重要な事項について虚偽の記載をした場合(金融商品取引法197条の2)。)。

ここのブログへの検索語でも分析したように、実際、そのような誤解も多いようである。法律の条文を読めば、そのような誤解は生じないはずであるが、実施基準において、上場廃止に該当するような財務報告の虚偽記載につながる内部統制の不備は「重要な欠陥」となる旨の記述があり、読みようによっては、重要な欠陥があれば上場廃止になるかもしれないという認識が生まれたのではないだろうか。
「内部統制報告書の重要な事項について虚偽の記載をした場合」とは、例えば重要な欠陥を単なる不備と認識して開示しないとか、軽微な不備を重要な欠陥として開示するというようなケースが考えられる。そもそも「重要な欠陥」の基準があいまいなので、うっかり虚偽記載をしてしまうリスクがある。しかし、内部統制報告書の虚偽記載罪はいわゆる故意犯であって、過失犯を処罰する旨の規定はない。したがって、過失によって虚偽記載を行ったとしても処罰されることはない(はずである)。誤解を解くというのであれば、そのような趣旨を明記すべきではないのか?
 

6.監査人等の指摘には必ず従うべきか
[誤解] 内部統制の整備・評価は、監査法人コンサルティング会社の言うとおりに行わなくてはならない。
[実際] 自社のリスクを最も把握している経営者が、主体的に判断。
(具体例)
○ 監査人の適切な指摘
監査人の指摘は、内部統制の構築等に係る作業や決定が、あくまで企業・経営者によって行われるとの前提の下で、適切な範囲で行われる必要。
○ 監査人等の開発したマニュアル、システム
監査法人コンサルティング会社の開発したマニュアル(内部統制ツールなど) 、システムを使用しなければならないということはない。

経営者の評価である以上、監査人の指摘に従う必要はないことは明らかだ。しかし、監査人の指摘に従わなかった場合、適正意見をもらえないリスクを負うことになる。そのようなリスクは、いかなる経営者も、従業員も受容することはできまい。だから、やむなく、監査人の指摘に従わざるを得ないのである。そのことを何人も責めることはできない。
一方、コンサルティング会社は監査人ではないため、その指摘に従う必要性はより乏しいと言えるが、そもそも、自ら判断できるのであればコンサルティング会社などに仕事を頼む必要はないのである。
  

7.監査コストは倍増するのか
[誤解] 財務諸表監査に加え、新たに内部統制監査を受けるため、監査コストは倍増する。
[実際] 内部統制監査は、財務諸表監査と同一の監査人が一体となって効率的・効果的に実施。
(具体例)
○ 監査計画の一体的作成
財務諸表監査と内部統制監査の監査計画を一体的に作成。
○ 監査証拠の利用
それぞれの監査で得られた監査証拠は相互に利用。

「倍増」とまではいかないまでも、間違いなく増えることになる。内部統制監査で財務諸表の誤りを発見したり、財務諸表監査で内部統制の不備を発見した場合、むしろ監査費用は増大する懸念がある。少なくとも、それに対応する企業側の負荷は増大する。
 

8.非上場の取引先も内部統制の整備が必要か
[誤解] 上場会社と取引すると、非上場会社でも、内部統制を整備・評価しなければならない。
[実際] 上場会社と取引があることをもって、内部統制の整備等を求められることはない。
(具体例)
○ 取引先(委託業務の委託先を除く。)
上場会社の仕入先や得意先などの取引先(非上場会社)には、内部統制の整備・評価は求めていない(これまでどおりの納品書、請求書等の作成等で可)。
○ 上場会社の業務の委託先
委託業務の委託先であっても、重要な業務(プロセス)となっていない場合には、評価の対象とはならない。

上場企業の財務報告に係る虚偽リスクを軽減するため、取引先に正確な証憑の提出を求めることは十分に想定される。例えば、従来、電話や口頭で処理していた取引の記録や、契約書の作成なども必要となるであろう。これらは本来必要な事項かもしれないが、実務上はかなりの負担となりうる。
委託先における「重要な業務(プロセス)」とは何か、明示されていないが、特にIT全般統制に関わる開発・運用業務を委託している例は多いであろう。
また、業務を受託する立場で考えると、評価対象となるか否かにかかわらず、内部統制を強化することが、営業上有利に働くとの判断が当然導かれるはずである。かくして、誤解や過剰対応は拡散していくのである。
  

9.プロジェクトチーム等がないと問題か
[誤解] 内部統制報告制度に対応するためのプロジェクトチームがない場合や専門の担当者がいない場合は、問題(重要な欠陥)である。
[実際] 内部統制報告制度への対応については、既設の部署等を活用で可。必ずしもプロジェクトチームや専門の担当者を置くことは不要。
(具体例)
○ 既設の部署の活用
経理部や内部監査部など既設の部署を活用。
○ 企業外部の専門家の利用
内部統制の評価作業等の一部を社外の専門家を利用して実施。

若干、上述したことと重複するが、既設の部署で対応できるなら、もしくは社外の専門家を雇える余裕があるなら苦労はない。内部統制のために、本来業務が回らないといった現場の声もあるやに聞く。本末転倒と言わざるを得ない。
 

10.適用日までに準備を完了する必要があるのか
[誤解] 平成20年4月から内部統制報告制度が適用されるので、もう間に合わない。
[実際] 内部統制はプロセスであり、問題点があれば、その都度、是正していくことが重要。
(具体例)
○ 報告書の提出期限
最も早く報告書を提出する3月決算の会社でも、平成21年3月末の状況を平成21年6月末までに報告。
○ 問題点(重要な欠陥)への対応
期末日までに問題点が是正されていれば内部統制は有効。
そうでなくても、期末日後の是正措置や是正に向けての方針等を報告書に記載することが可能。

期末日までに問題点を是正するためには、平成20年4月以降、できる限り早期に評価を実施し、是正すべき不備を特定しなければならない。現実問題として「もう間に合わない」企業があったとしても、何ら不思議はない。それを「誤解」といってすませられるのは、部外者だからなのであろう。
「内部統制はプロセスであり、問題点があれば、その都度、是正していくことが重要」なのは当然であるが、期末日以降に財務報告の誤りが発見され、その原因が内部統制にあったと判断された場合、もはや期末日にさかのぼって是正することはできない。
  

11.期末のシステム変更等は延期が必要か
[誤解] 内部統制の評価のために、期末に予定していたシステム変更や合併等の再編を延期しなければならない。
[実際] 予定を変更せず、そのまま実施しても、内部統制は有効。
(具体例)
○ 期間内に十分な評価手続を実施できないとしても、経営者は「やむを得ない事情」によるものとし、評価範囲から除外して、内部統制の評価が可能。
○ この場合、監査人は「無限定適正意見」を表明可能。

制度上はそのとおりかもしれないが、「やむを得ない事情」にあたるかどうかの判断は微妙な状況もありうる。であれば、そのようなややこしい時期の合併やシステム変更は避けようと思うのが人情ではないのか。
  
(最後に)
そもそも、法施行まであと3週間という今になって、このような通り一遍、紋切り型の文書を公表した金融庁の意図は何なのか?
施行後のトラブルに備えての小役人的アリバイづくりか、この時期ならコンサル、監査法人も十分稼いだであろうから「正解」を発表しても問題ないとの業界保護の観点なのか。
いずれにせよ、仮に「誤解」が解けたとしても、具体的で実現性のある解決策が示されていない以上、現実に発生している問題は何ら解決されないだろう。
そんなことは、実施基準が公表された時点で、(多くの著名な団体や無名の個人もがパブリックコメントで指摘したように)すでにわかっていたことである。結局のところ、曖昧な実施基準こそが「誤解」の根本原因であり、またそれに乗じて責任回避にひた走る監査法人や、一儲けをたくらむコンサルティング会社に振り回された上場会社、という三者の構図のなかで、「過度に保守的な対応」が生まれるべくして生まれたのである。ほれみたことか、だからいわんこっちゃない。
多くの心ある意見をことごとく無視し、この無謀な制度を強行した当局は、責任を痛感してもらいたい。以上。