内部統制報告制度の「重要な欠陥」

連日、開示が増えている内部統制報告書および内部統制監査報告書について、気になった点を考察する。
 
○株式会社大木

同社の内部統制報告書より

3【評価結果に関する事項】
当社は財務報告に係る内部統制の評価について、重要な評価手続が実施できませんでした。したがいまして、当事業年度末日時点において、当社の財務報告に係る内部統制の評価結果を表明できないと判断いたしました。
 実施できなかった重要な評価手続は以下のとおりであります。
・全社的な内部統制の評価手続
・業務プロセスに係る内部統制の評価手続
 重要な評価手続が実施できなかった理由は、連結グループ全体において、間接部門を中心に人員を削減しており、経理及び財務の知識・経験を有した者を上記の評価手続に従事させることが困難であったためであります。
 一方、財務報告に係る内部統制の整備及び運用の重要性は認識しており、これらの人員の制約はあるものの、環境を整備し、今後1年間で評価を完了させる方針であります。具体的には、事業年度の末日後、社内においてプロジェクト・チームを再編成すると共に、内部統制専門のコンサルティング会社と契約し、内部統制の整備及び運用評価を進めております。

「重要な評価手続が実施でき」なかった理由について、同社のホームページでの記載より

..当社が実施した「内部統制の体制およびその運用」についての自己評価の一部が平成21年3月31日までに完了しなかったとの判断に対し、監査法人が「完了しなかったのであれば、その当否についての意見は表明不能」と判断したものです。
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改めて申し上げますが「内部統制評価の一部が完了しなかったこと」は、決して当社の「内部統制」が出来ていないことを意味するものではありません。自己評価の一部が未完了であったと判断したと言うことです。

当社自身は、業績も順調で、増収増益を続けており、当然のことながら不正もなく、キャッシュフローも問題はありません。事実、監査人も、「大木の内部統制が出来ていない」とは言っておりません。
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http://www.ohki-net.co.jp/news/details/notice0906.html

すなわち、同社は、事業年度末日(期末日)までに財務報告に係る内部統制の評価手続(の一部)が完了できなかったので評価結果を表明しないと言っている。しかし、財務報告に係る内部統制の評価手続は、期末日までに完了する必要はなく、内部統制報告書提出日までの間に完了させれば問題ない。*1
また、金融庁実施基準は、評価範囲の制約について以下のように述べている。

経営者は、財務報告に係る内部統制の有効性を評価するに当たって、やむを得ない事情により、内部統制の一部について十分な評価手続を実施できない場合がある。その場合には、当該事実が財務報告に及ぼす影響を十分に把握した上で、評価手続を実施できなかった範囲を除外して財務報告に係る内部統制の有効性を評価することができる
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監査人は、やむを得ない事情により十分な評価を実施できなかった範囲を除き、一般に公正妥当と認められる内部統制の評価の基準に準拠し、財務報告に係る内部統制の評価について、すべての重要な点において適正に表示していると認められると判断した場合には、内部統制監査報告書において無限定適正意見を表明する。

同社のケースも、評価手続の8〜9割が完了していて残りの1〜2割ができなかったというのであれば、その範囲で評価を行うこともできたはずである。しかし、「一部」とはいえ、評価手続のトップバッターである全社的な内部統制の評価すら完了できなかったというのであるから、業務プロセスに係る内部統制の評価範囲の決定もできなかったものと思われ、しかも期末日後にプロジェクト・チームを再編成、コンサル会社と契約した、しかも評価手続の完了までにあと1年かかるということなので、要は評価手続の大半が実施できなかったであろうことが推察される。
さらに、「内部統制報告制度に関するQ&A」の問63において、金融庁は次のように解説している。

1.経営者は、重要な評価手続が実施できず、全体として、評価結果を表明するに足る証拠が得られない場合には、内部統制報告書において、「重要な評価手続が実施できなかったため、財務報告に係る内部統制の評価結果を表明できない旨並びに実施できなかった評価手続及びその理由」を記載する。
2.しかしながら、経営者が評価を実施した範囲において、重要な欠陥を識別している場合には、財務報告に係る内部統制が有効でないことは明らかであることから、内部統制報告書において、実施できなかった評価手続及びその理由を記載した上で、「重要な欠陥があり、財務報告に係る内部統制は有効でない旨及びその重要な欠陥の内容及びそれが事業年度末日までに是正されなかった理由」を記載することになる。
3.なお、監査人が重要な監査手続を実施できない場合には、その影響に応じて、監査範囲に関する除外事項を付して限定付適正意見を表明するか又は意見表明をしないこととなる。この場合、監査人は、説明又は強調することが適当であると判断した事項として、当該重要な欠陥の内容を追記情報として記載することも考えられる。

同社が「一部」を多用してあたかも評価手続の相当部分が実施されていたことを匂わせておきながら、期末日までに評価手続の「一部」が完了できなかったことをもって評価結果を不表明としたこと、および監査人が監査結果を不表明としたことには疑問が残る。*2
 
○株式会社ダイオーズ(&霞が関監査法人

ダイオーズの内部統制報告書より

3【評価結果に関する事項】
 下記の財務報告に係る内部統制の不備は、財務報告に重要な影響を及ぼす可能性が高く、重要な欠陥に該当すると判断した。したがって、平成21年3月31日時点において、当社の財務報告に係る内部統制は有効でないと判断した。

 当社では、システムの保守及び運用の管理を適正に行うため、「運用・保守管理規程」を定めて遵守することが義務付けられているが、コンピュータデータの保全手続きにおいて、当該規程の運用が不十分であったため、会計データの一部が消失し、当期の財務諸表作成にあたって消失した会計データの修復作業を行うこととなった。

 事業年度の末日までに是正されなかった理由は、上記会計データのバックアップデータ復元作業のテスト実施が十分でなく、バックアップデータ消失のリスクを予見できなかったためである。

4【付記事項】
 評価結果に関する事項に記載された重要な欠陥を是正するために、事業年度の末日後、管理本部に取締役管理本部長直轄のプロジェクトチームを設置した。同プロジェクトチーム主導で、ハードウエアの修繕を実施するとともに、バックアップ及びリストアテストの実施に係る新たな業務フローを整備及び運用し、内部統制報告書提出日までに当該是正後の内部統制の整備及び運用状況の評価を行った。評価の結果、内部統制報告書提出日において、コンピュータデータの保全手続きに係る内部統制は有効であると判断した。 

すなわち、同社は、期末日時点での財務報告に係る内部統制には重要な欠陥があり、有効ではなかったが、その後の是正措置により内部統制報告書提出日時点では財務報告に係る内部統制は有効であると述べている。
ところが、監査人(霞が関監査法人)の内部統制監査報告書には、以下の記述がある。

 当監査法人は、株式会社ダイオーズが平成21年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は有効であると表示した上記の内部統制報告書が、我が国において一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に準拠して、財務報告に係る内部統制の評価について、すべての重要な点において適正に表示しているものと認める。

平成21年3月31日現在の財務報告に係る内部統制について、会社が「有効でない」と表明しているのに、監査法人が「有効である」..まあ、単純なタイプミスとは思うが、やや致命的なミスに類する。このようなミスが起こる背景には、評価の基準日をあくまでも期末日に拘泥した制度設計上の無理が影響しているのではないか。
 
○株式会社ビジネスブレイン太田昭和

同社の内部統制報告書より

3【評価結果に関する事項】
 下記に記載した財務報告に係る内部統制の不備は、財務報告に重要な影響を及ぼす可能性が高く、重要な欠陥に該当すると判断した。したがって、当事業年度末日時点において、当社の財務報告に係る内部統制は有効でないと判断した。


 当社は決算・財務報告プロセスでの子会社の繰延税金資産において、取崩しの検討、及び、認識が不十分であったため、当期の繰延税金資産について修正を行うことになった。

内部統制のコンサルを生業としている会社が「重要な欠陥」..それはさておき、「重要な欠陥に該当すると判断した」根拠は開示されていない*3
重要な欠陥があったとする繰延税金資産の処理について、同社は「本件は、繰延税金資産の評価における見解の相違に関する問題ではありますが、決算の過程において不備がありと敢えて自ら厳しく評価したもの」と公表している。*4
だとすれば、重要な欠陥の判断基準は開示されず、かつ会社によって重要な欠陥の判断基準が異なることとなる。果たしてそのような開示制度は投資家にとっていかなる意味があるのか、いまさらながら根本的な疑念を禁じえない。投資家は、自らを厳しく評価して「重要な欠陥あり」とした会社と、適正(または適当?)に評価して「有効」と評価した会社のどちらを信用すれよいのか。
 
以上、内部統制報告制度の運用における「評価範囲の制約」「評価時点」「重要な欠陥の判断基準」について考察してきた。このような現場の混乱を見ると、やはり内部統制報告制度自体に「重要な欠陥」があると考えざるを得ないと言わざるを得ないのである。

*1:内部統制報告制度に関するQ&Aの追加:http://d.hatena.ne.jp/koshian_daifuku/20080624/1214306960

*2:もし、同社がすでに実施した評価手続において「重要な欠陥」を認識していたのであれば、Q&Aの問63に従い、評価結果を内部統制報告書に記載し、監査人から適正意見をもらう余地もあったのだが..

*3:金融商品取引法上、重要な欠陥の判断基準の義務はない。ただ、紀州製紙のように金額的重要性の基準を「35百万円」として内部統制報告書に開示している例も見られる

*4:http://www.bbs.co.jp/ir/news/detail/irdoc/IR20090622.pdf