株式会社の機関として「監査役」を設けているのは日本だけである。しかし、その日本の会社法(旧商法)は、ドイツ法を参考に制定された歴史的経緯がある。当時の立法担当者がドイツ法の規定を誤訳したために、諸外国に類を見ない「監査役」制度が導入されたという説がある。
ドイツ法では取締役と監査役と2つあるのですが、アメリカ法では監査役はありません。しかし、ドイツ法を翻訳するときに、本来、ドイツ語で「アウフジヒトラート」というのは、いわば監督、例えば工事の現場監督なども「アウフジヒトラート」と言うわけです。つまり「監督役」とすべきところを「監査役」と訳したのです。また、ドイツでは、オフィサーを「フォアシュタット」と言いますが、これを「取締役」と訳したのです。
(出典:第6回厚生年金基金コーポレート・ガバナンス・フォーラム(2003.5.13)講演録 弁護士、日比谷パーク法律事務所代表 久保利 英明氏)
http://www.pfa.or.jp/top/jigyou/pdf/06_kouenroku.pdf
ドイツ語で「アウフジヒト」(Aufsicht)というのは「監督」を意味する。「監督」と「監査」は、機能としては全く意味が異なる。「監督」には、自ら意思決定し、社内組織に指揮命令することが含まれる。これに対して「監査」は、自らは意思決定や指揮命令を行わず、その適法性・妥当性を独立した立場からチェックする機能である。
「アウフジヒトラート」(Aufsichtsrat)とは、「監査役(会)」ないしは「最高経営会議」などとも訳される。前者が誤訳だとすれば、「最高経営会議」とは「取締役会」とほぼ同義となる。
さらに、「フォアシュタット(フォーシュタンド)」(Vorstand)とは、「取締役」ないし「執行役」と訳される。Aufsichtsratが「監督」機関であるならば、Vorstandを「取締役」と訳すのは、監督機関が重複することになり、適切でない。従って「執行役」と訳すのが妥当である。
一方、アメリカ法では、監督者たるdirector(取締役)と、業務執行を担うofficer(執行役)に区分される。
「監督」と「執行」を明確に分離するという点で、ドイツと米国は共通している。日本においても、同様の観点から、執行役員制度や委員会設置会社を採用する企業が一般的になってきた。そうなると、日本の「監査役」だけが宙に浮いている違和感は否めない。それが大昔の「誤訳」に基づくものだとすれば、今さらながらではあるが、何とかして軌道修正することはできないものだろうか。