会社法における「内部統制システム」

旧知の事柄の蒸し返しになるが、会社法では、「内部統制システム」という用語は一切登場していない。「業務の適正を確保するための体制」云々というのがそれに該当すると一般に理解されている。「内部統制システム」の用語は、法制審議会で審議・決定された「会社法制の現代化に関する要綱」で用いられている。

(5) 内部統制システムの構築に関する決定・開示
① 内部統制システムの構築の基本方針については,取締役会が設置された株式会社においては取締役会の専決事項とし(商法260 条2項,商法特例法21 条の7第3項各号),当該決議の概要を営業報告書の記載事項とするものとする。
② 大会社については,内部統制システムの構築の基本方針の決定を義務付けるものとする。
 
(「会社法制の現代化に関する要綱」 法制審議会会社法(現代化関係)部会第26回会議(平成16年6月30日開催))
http://www.moj.go.jp/SHINGI/050209-1.html

この項目が盛り込まれた経緯については、次のように解説されている。

内部統制システムの構築に関する決定・開示の強化は、試案にはなかった事項であるが、自民党政務調査会法務部会・商法に関する小委員会においてなされた審議の模様等を勘案し、要綱案に盛り込まれたものである。
(「「会社法制の現代化に関する要綱案」の解説」江頭憲治郎 東京大学教授 「商事法務」No.1722 2005.2.15より)

さらに法務省のサイトに掲載されている議事録に、本件に関する審議の状況が詳細に記されており、大変興味深い。

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4は,新たにお諮りする内容です。従前,部会でも複数の御指摘をいただいたところですけれども,委員会等設置会社かどうかにかかわらず,内部統制システムの構築の基本方針にかかわる事項を法律事項とし,これについては,取締役会のある会社においては代表取締役の決め得るところではなく,取締役会において決めるべきものとし,決めた場合には営業報告書に記載するという形で開示することとしたらどうかということが本文でございます。
  これは,必ずしも取締役会が置かれた会社すべてについてその基本方針の決定を義務づけるという趣旨を含んでいるものではありませんけれども,(注)におきましては,少なくとも大会社についてはその基本方針の決定を取締役会において行うべきことを義務づけることとしたらどうかということとしております。仮にこれを義務づけるということになりますと,委員会等設置会社に関する現行の商法特例法21条の7第1項第2号に基づく法務省令で定められた事項についても同様の,それ以外の会社と同様の規定内容になるような調整が必要になるわけですけれども,このような処理をさせていただくことはどうかということをお諮りしたいと思います。これは,参考資料で配布させていただきました自民党の商法に関する小委員会での御指摘をも踏まえた内容でございます。
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● 私は,この4の提案には賛成でございますが,ただ,お伺いしたいのは,現在,委員会等設置会社においては,「内部統制システム」という言葉は使わずに,「監査委員会の職務を補佐する」とか,「監査委員会の職務の遂行を補佐する」というような位置づけになっているのですが,委員会等設置会社以外の会社の場合に,この位置づけをどのような表現ぶりでお考えになっているのか,お教えいただければというふうに思います。
● 法文上の表現ぶりということにつきましては,また法制的な観点から考えたいと思っているのですが,今,イメージとして考えていますのは,商法施行規則の193条で,「商法特例法第21条の7第1項第2号に規定する法務省令で定めるものは,次に掲げるものとする」として,5号で「損失の危険の管理に関する規程その他の体制に関する事項」,また6号で「執行役の職務の執行が法令及び定款に適合し,かつ,効率的に行われることを確保するための体制に関するその他の事項」というような表現でいわゆる内部統制システムを表現しております。そうすると,これは必ずしも監査委員会が監査を行うために必要な事項に限られるようなものではございませんので,例えばこれを法律のレベルに引き上げて,それについて取締役会の決議事項とするというような法制的なやり方というのはあるのかなと。ここら辺,イメージとしては今はそういうものを考えております。
● 前に私どももこれは提案したことがあるのですけれども,言葉は多少違っているかもしれませんが,こういう方向で法案化されると大変すばらしいことだということで,是非お進めいただければと思います。
● 言うまでもないことなのですが,いわゆる内部監査部門というものの位置づけが一番微妙かなというふうに思いまして,内部統制システムの中でも,内部監査というのは一つの位置づけはあるのではないかなと思うのですが,それをどう表現するのか。単なるリスク管理体制ということだけでいいのか,あるいは委員会等設置会社との間で表現を変えてしまうと宙に浮いてしまうような部分があるのではないかと,ちょっと懸念されます。今ここでお答えを求める趣旨ではありませんが,御検討の際にはいろいろ御検討いただければと思います。
● ほかの委員・幹事の方,いかがでしょうか。
● 内部統制システムの開示ですけれども,有価証券報告書提出会社におきましては既に始まっているのですね。そういう状況下ではあるのですけれども,それに加えて商法上においても,そして公開会社には限らず大会社,これは譲渡制限がついていようとついてなかろうとという意味だと思いますけれども,そこまでこういうものを義務づけようとされるのか。今の有価証券報告書レベルでやっているのであればもうそれでいいのではないかという別な判断もあるのですけれども,いや,それでは足りないんだ,やはり商法上も必要なんだと,おまけに会社の範囲を広げなければいけないんだというあたりは強い政策ニーズがあるのでしょうか。
● どの範囲の会社に義務づけるかということですね。
● 商法上。
● (注)において明らかなように,この案は大会社についてということですね。ほかの会社は,決めるのであれば,これは取締役会の専決事項と,その点に意味があるわけですけれども。
● 今の有価証券報告書におきましては,当然,有価証券報告書の記載ですから,取締役会の決議で作っているわけですね。それだから,公開会社においてはこれと同等のことが既に取締役会において追認され,開示されていると。したがって,もうそれはそれでいいのではないかと。そうすると,公開会社以外についての規制を商法で図る,有価証券報告書,だれでも見れるものについて,更に商法でもやれというのは行き過ぎではないのか。公開会社以外の会社についての規制ということでやる,また,そこまでコストをかけてやる意味が本当にあるのかどうかなのですけれども。
● 大会社におきましては,やはり内部統制システムを構築して,確立して,運用しているということは非常に大事なことだと思うのですね。もともと財務書類・計算書類を公表することの前提としては,内部統制がきっちりあるということで,その関係で監査もいろいろと容易にできるということになるわけですから,このシステムは是非必要だと思うのです。
  今お話しのように,有価証券報告書できっちりと記載していれば,それはそれとして認められる方向だと思うのですけれども,有価証券報告書を必ずしもすべての会社が記載しているかどうかということについては,やはりこれは検討する必要があると思いますし,有報提出会社以外の会社においては,正しくこのことについて経営者が責任を持ってやっているという位置づけを商法上明確にしておく必要があると思いますので,それは今後の決め方によると思いますけれども,基本的には,大会社ではこういうことがしっかりと決められて運用されているのだということの表示というのはあってしかるべきではないかと思いますので,是非御検討いただきたいと思います。
● ○○委員から非常に強いサポートがありますが,ほかの委員・幹事の方,いかがでしょうか。
  基本的には,大会社においてはこの原案の(注)にあるような案,義務づけということに賛成ということでよろしいでしょうか。
● これはやはり譲渡制限会社についてもということですね。100%子会社においてもその膨大なる体制を作っていけという……。それぞれの会社に応じた,なのかもしれませんけれども。
● どの程度のものを作るかは,これは……。
● それは裁判所の評価ですよね。
● 裁判所といいますか,取締役会が一応考えるわけでありまして。
● だけど,それが妥当なものかどうかは取締役の責任になるわけですから,最終的には裁判所が評価されるということですね。
● そういう意味ではですね。
● 私,本文,(注)ともに賛成なのですが,確かに大会社一律にということになりますと,大企業の子会社とか,あるいは持株会社の子会社とかはそれほど負担ではないのではないかと。現に委員会等設置会社などでは既にやっているわけですから。また,有報にも記載するということが始められておりますので。むしろ,そういう会社ではなくて,5億円以上の資本金で譲渡制限で独立系の会社,しかも同族会社,そういう会社ではかなり負担になるだろうなという感触はあると思います。ただ,その辺の線引きというのはなかなか難しいですから,また,いろいろと段階あるいは程度の問題も出てくるかと思いますので,この本文,(注)に賛成でございます。
  (注)の中で,特例法21条の7第1項第2号に規定する法務省令,これが内部統制システムの内容ということで引用されておりますけれども,特例法21条の7の1項3号,ここでは執行役が数人いる場合における内部牽制とかそういった事項,これは法務省令には入っておりませんけれども,監査役設置会社についても内部統制システム構築ということを考えるとすれば,取締役の業務分担とか,あるいは使用人の職務の分担といったものについての権限規定とか,そういうことも内部統制システムに入ってくるかと思いますので,21条の7第1項第2号だけではなくて,3号もやはり内部統制システムという範ちゅうに入ってくると思います。ですから,その点を,条文化するに当たって若干工夫する必要があるかなという感じがいたします。
● 単なる当たり前の質問なのですけれども,4の(注)のところの「大会社」という切り方は,公開か非公開か,ほかの要因は関係なく,社会に対する影響が大きいか小さいかを会社の規模で切ったということでもちろん理解をして,それは正しいと思うのですが,まあ,そういう案が出てきたと。それであれば私どもはコメントがないということでございます。
● 私は,大会社については,委員会等設置会社であるか監査役設置会社であるかを問わずに,やはりこういった内部統制システムの開示の制度はあった方がいいと。
  先ほど○○委員がおっしゃいましたように,確かに有価証券報告書による開示はございますが,それはあくまで証取法上のもので,営業報告書に記載されることによって株主に直接それが送られることになりますし,株主総会においてそれが株主の質問等の対象にもなるわけでありまして,その方が物事の性格上−−これは会社の一番の基本でありますから,最近の某大会社の株主総会を見ても分かりますように,むしろ株主にとっては一番質問したいことであり,知りたいことでありますから−−それを営業報告書の中に書いてもらい,かつ株主総会での質問権の対象にするということは適切なことではないかと思います。
● それでは,基本的には,皆さんの御意見は,これには賛成であるというふうに理解してよろしいでしょうか。
● 趣旨は賛成なのですけれども,あとは実務なのですけれども,ここで言われている内部統制システムの基本方針の開示書類ですけれども,事務局においては,営業報告書で20ページぐらいの記載を考えているのか,5行ぐらいの記載を考えているのか,どういう……。今の有価証券報告書ベースでということになると,恐らく営業報告書ベースにすると五,六ページの記載がずっと続いていくような気もするのですが,絵をどんどん入れたりして。どれぐらいのイメージの記載を……。これは毎年記載ですよね。会社の概況の中で毎年記載していくということですけれども,印刷費の問題も非常にあるものですから,連結財務諸表は付くはこれは付くはということになると,恐らく今までの営業報告書の倍になるだろうと思うのですね。そうすると総会コストが何千万もふえていくということになるわけですけれども,どの程度のイメージのものを今想定されているのかということをお教えいただければと思いますけれども。まあ,内容によるので,いろいろなのでしょうけれども。
● 何を書くかは,これは法務省が関与しているのですか。してないですよね。経団連で決めておられるのではないですか。営業報告書のモデルは経団連で決めておられるのではなかったですか。
● モデルは……,そうですね,決めております。
● それでは,4については,先ほど○○委員からちょっと御指摘がありましたが,基本的には御了解いただいたということで取り扱わせていただきます
(法制審議会会社法(現代化関係)部会 第26回会議 議事録 2004.6.30 より、太字は引用者)
http://www.moj.go.jp/SHINGI/040630-1.html

内部監査部門の位置付けや有価証券報告書の開示との関係、あるいは実務上の問題として何をどの程度書けばよいのかといった重要な論点について未整理のまま「基本的には御了解いただいたということ」になったようである。嗚呼。

ちなみにこの議事録は240KB程度のテキストファイルであるが、なぜかLZH形式で圧縮されてサイトに掲載されている。しかもご丁寧に自己解凍形式のファイルもアップされているので、もとのファイルサイズとほとんど変わらない。圧縮の意味なし。検索エンジンにかからないように、わざわざ一手間加えているのかもしれない。